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岡山地方裁判所 平成9年(ワ)218号 判決 1998年10月29日

原告

田代喬子

ほか三名

被告

岡山スイキュウ株式会社

ほか二名

主文

一  被告森行正人は、原告田代喬子に対し金一二一七万六五四一円、原告田代敦嗣、同皿井麻希子、同皿井悠貴に対し各金四〇六万二一八〇円及び右各金員に対する平成六年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告森行正人に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告らの被告岡山スイキュウ株式会社及び同竹田勝史に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らと被告森行正人との間に生じた費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告森行正人の負担とし、原告らと被告岡山スイキュウ株式会社及び被告竹田勝史との間に生じた部分は原告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、原告田代喬子(以下「原告喬子」という)に対し、各自金三三八九万四四二三円及びこれに対する平成六年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告田代敦嗣(以下「原告敦嗣」という)に対し、各自金一一二九万八一四一円及びこれに対する平成六年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告皿井麻希子(以下「原告麻希子」という)に対し、各自金一一二九万八一四一円及びこれに対する平成六年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告らは、原告皿井悠貴(以下「原告悠貴」という)に対し、各自金一一二九万八一四一円及びこれに対する平成六年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故により死亡した被害者の相続人らが、不法行為、使用者責任、自賠法三条に基づく損害賠償の支払いを求めた事案である。

一  争いない事実等(特に証拠を示した部分以外は争いがない)

1  交通事故の発生

(一) 日時 平成六年三月四日午後零時頃

(二) 場所 岡山市光津四八六番地の二先路上(国道二号線バイパス)

(以下「本件事故現場」という)

(三) 第一車両 普通貨物自動車

(四) 第一車両保有者 田代芳久

(五) 第一車両運転者 被告森行正人(以下「被告森行」という)

(以下第一車両を「森行車」という)

(六) 第二車両 普通貨物自動車

(七) 第二車両運転者 被告竹田勝史(以下「被告竹田」という)

(以下第二車両を「竹田車」という)

(八) 態様 東進中の森行車が道路左側のガードレールに衝突し、その直後に同一車線を後続して走行する竹田車が追突した。

(九) 結果 森行車の助手席に乗車していた田代芳久は、平成六年三月四日午後一時四分岡山旭東病院において、右下腿骨折、右足部開放性骨折、肺損傷により出血死した。

(以下「本件交通事故」という)

2  相続

田代芳久(以下「亡田代」という)の相続人は、妻の原告喬子(相続分二分の一)、同原告との間の子の原告敦嗣(平成六年六月九日生まれであり、本件交通事故当時は胎児だった)、前妻皿井由美子との間の子の原告麻希子(昭和六〇年一月三〇日生まれ)、原告悠貴(昭和六一年九月二九日生まれ)(相続分いずれも六分の一)である。原告喬子の旧名は充子、原告敦嗣の旧名は充志であった。

(甲第一ないし第三、第九号証)

3  本件交通事故当時、被告会社は被告竹田を雇用しており、被告竹田は被告会社の事業の執行につき竹田車を運転していた。

4  原告側に対し、本件交通事故について自賠責保険から総計三〇二二万四四九〇円の入金がされた(被告森行との関係において甲第七号証の1)。

二  争点

1  被告らの過失

(一) 原告らの主張

(1) 竹田車は、森行車が走行車線を走行中にその左側にある退避所に入ろうとしたため、森行車を追い抜くために加速したところ、森行車が再び走行車線に入ってきたために急ブレーキをかけ、森行車は、走行車線に戻ろうとしたところ竹田車が加速して迫っていたので再び退避所に入ろうとして左にハンドルを切って、運転を誤りガードレールに衝突し、同時に直後に竹田車が森行車に追突した。

(2) 被告森行は、退避所に入ってから、後続の竹田車の動向を注視した上で走行車線に戻るべき注意義務があるのにこれを怠って竹田車の森行車への追突及び森行車のガードレールへの衝突を惹起した過失があるから、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

(3) 被告竹田は、前方を走行する森行車の動向を注視した上で、森行車が一旦退避所に入りかけたとしても再び走行車線に戻って来た場合には追突事故を回避できるだけの車間距離と速度を維持すべき注意義務があるのに、これを怠って森行車に追突した過失があるから、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

(4) 被告会社は、本件交通事故が従業員の被告竹田が事業の執行として被告会社の保有する竹田車を運転中前記過失により発生したものであるから、使用者責任ないし自賠法三条の責任を負う。

(二) 被告竹田、被告会社の主張

竹田車が高架道で二車線となっている国道二号線バイパスを東進中、森行車は、旭川大橋手前で側道が合流して三車線になる部分から、国道二号線バイパスに合流し、三車線の中央車線を走行している竹田車の前車の前に進入して中央車線を走行していた。

その後国道二号線バイパスの高架道の左側車線が側道に下り高架二車線となる場合で、竹田車の前車の乗用車が側道に下りたため、その後は森行車が竹田車の直前を走行し、両車とも片側二車線の左側車線を走行していた。その後森行車が蛇行したため、被告竹田は警笛を二回鳴らしたところ、被告森行がサイドミラーを見るように首を横に向けた。その後は森行車に特段の異常走行はなかったため、竹田車は同程度の車間距離で森行車を追随した。しかし、本件事故現場の約二〇〇メートル余り手前から、再び森行車が蛇行をし始め、別紙図面1の<3>地点から左斜めに走行し、本件事故現場のガードレールに衝突したため、被告竹田はこれを見て急ブレーキをかけたが、右衝突後、後部を回転させたながら左側車線にはみ出してきた森行車の右後部に竹田車の左前部が衝突した。森行車の右異常走行は、被告森行の居眠り運転に基づくものであり、その過失は重大である。

被告竹田は、森行車に車間距離六五メートル位で追随していたものであるところ、森行車が蛇行し始めるとともに速度を若干落としたことから、森行車がガードレールに衝突した時点においては車間距離が三二・八メートルまで縮まったが、車間距離に特段の問題はなく、また、仮に竹田車の速度が制限時速を一〇キロメートル程度超える速度で走行していたとしても、被告森行の過失の重大性に鑑みれば被告竹田に過失があるとはいえない。そして、先行車両が路側帯に逸出してガードレールに激突し、更にその反動で左側車線に出てくるなどという本件の事態は通常予想外の事態であり、被告竹田は右激突を見て急ブレーキをかけたが回避し得なかったものである。したがって本件の竹田車の森行車に対する衝突は不可抗力であり、被告竹田は無過失である。

(三) 被告森行の主張

被告森行は、助手席に亡田代を同乗させて森行車を運転し、福浜交差点から国道二号線バイパスに乗って走行車線を東進し、竹田車は、森行車の後を走行していた。

倉富のトラックターミナル付近から、竹田車は先行する森行車との車間距離を詰め、森行車が速度を上げると竹田車も速度を上げ、森行車が速度を落とすと車間距離が詰められるということが何回か繰り返された。森行車は、本件事故現場手前の左側の退避所に入って竹田車を先に行かせようと考えて左側に寄ったが、退避所の中にトラックが三台停止していたため、森行車の速度から停止が不可能と考え、再び走行車線に戻り、トラック三台の横を通過し、退避所の端近くが空いていたため再度退避所に入ろうとしてハンドルを少し左に切りかけたところ、竹田車が加速したため森行車に追突し、そのまま森行車を約三秒間程度押し出すように走行したため、森行車は荷台から落ちる積荷の塗料の描く線を三七メートルにわたって描きながらガードレールに衝突させられ、その直後に再度竹田車に追突された。

2  損害

(一) 原告らの主張

(1) 治療費 二一万五一一〇円

(2) 診断書料 一万二三六〇円

(3) 葬祭費用 一一五万六六六〇円

葬儀費一一四万八三六〇円とドライアイス代八三〇〇円の合計

(4) 仏壇・本尊費用 一〇五万二二二七円

(5) 自動車レッカー代 五万四一七八円

(6) 逸失利益 六〇六六万〇一八〇円

但し、亡田代の死亡時の年齢である四三歳男性の年齢別平均給与額四六万五九〇〇円を前提として、生活費控除三〇パーセント、新ホフマン係数一五・五を前提として算定した数値

計算式 四六万五九〇〇×一二×〇・七×一五・五=六〇六六万〇一八〇(円)

(7) 慰藉料 二七〇〇万円

(8) 損害の填補 二八五二万四四九〇円

但し、自賠責保険からの入金額合計三〇二二万四四九〇円から被害者の母親行吉安子分の近親者慰藉料一七〇万円を差し引いた金額

(9) 弁護士費用 六一六万二六二二円

(二) 被告森行の認否

いずれも不知

(三) 被告竹田、被告会社の認否反論

いずれも争い、特に以下の点を反論する。

(6)について、亡田代は自営業者であり、逸失利益は申告所得にしたがって算定すべきである。また、中間利息の控除はライプニッツ方式で行うことが相当である。

(7)の慰藉料は一八〇〇万円が相当である。

(8)は自賠責保険からの入金額全額を控除すべきである。

3  本件交通事故と亡田代の死亡との因果関係(被告竹田、被告会社の主張)

亡田代は、森行車のガードレールへの激突により肺損傷の致命傷を受けたものであり、竹田車の第二次衝突により死亡したものではない。

4  過失相殺

(一) 被告竹田、被告会社の主張

亡田代は、自らの仕事のために、被告森行に運転させて亡田代の仕事現場に向かう途中に事故に遭ったものであり、亡田代が森行車を所有していたから、亡田代は森行車の運行供用者であり、かつ被告森行との間には民法七一五条の使用者責任を認めるべき使用関係がある。

したがって亡田代は被告森行の運行を管理すべき注意義務があり、事前に同人の居眠りに気付いたはずであるから、同人に注意し安全運転させるべき立場にある。しかるに亡田代は何らの注意をせず、被告森行をして本件事故を惹起せしめた。

また、亡田代はシートベルトをしていなかったところ、亡田代の死亡は肺損傷による失血が致命傷となっていると推認されることからみても、シートベルトをしていなかったことが死に直結しており、亡田代が運行供用者でありながらシートベルトをしてなかった過失は大である。

よって九割の過失相殺が相当である。

(二) 被告森行の主張

亡田代はシートベルトをしておらず、これが死亡の原因と考えられるから、この点についての過失相殺をすべきである。

5  好意同乗(被告森行の主張)

被告森行は亡田代に頼まれて同人の所有する車両を運転していたに過ぎず、亡田代はいわば好意同乗者であるから、損害額についてはしかるべく減額すべきである。

6  連帯債務の対外的な負担割合に関する主張(被告竹田、被告会社の主張)

仮に本件交通事故について被告竹田、被告会社が責任を負うとしても、本件交通事故の第一次的ないし主要な原因が被告森行の過失によるものであることは明らかであり、被告竹田の過失は軽微であるから、被告森行と全面的な不真正連帯関係を負うとするのは被告竹田、被告会社に酷である。したがって、公平の観点から被告竹田と同森行の過失割合を反映した限定的な不真正連帯債務とされるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告らの過失)について

1  乙ア第一号証の1ないし5、第二号証の1ないし5、第三号証の一、二、第四ないし第六号証、証人久保田時夫の証言、被告森行、同竹田各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる(便宜上争いのない事実も併記する)。

(一) 本件事故現場は、別紙図面1の形状をした岡山市光津四八六番地の二先国道二号線バイパスの路上であり、見通しの良い片側二車線の直線道路であって付近に信号機はない。本件事故現場の西には退避所が長く伸び、本件事故現場で退避所が終わっており、退避所は最大幅六・四メートルで、本件事故現場から東方には幅一・五メートル程度の路側帯があり、走行車線と退避所及び路側帯とは白線で区分され、その左には、縁石及びガードレールが設置されている。事故時は午後零時であり、交通量は多く、天候は晴れであり、前方約三〇〇メートルの見通しが可能だった。

(二) 本件事故現場の路面には竹田車の左前輪スリップ痕一条二七・九メートル、右後輪スリップ痕二条二七・九メートル、左後輪スリップ痕二条二七・六メートルがあり、その全体が緩やかに右車線方向に向かっていた。また、森行車のタイヤ擦過痕二条がガードレールとの衝突地点の至近距離にあった。森行車は、大破の上<停>地点へ停止して付近一帯に積載物及び破片が散乱していた。

<×>1地点のガードレールが曲損し、衝突痕が認められた。

(三) 森行車は、長さ三・二五メートル、巾一・三九メートル、高さ一・七三メートル、乗車定員二名、積載定量三五〇キログラムの普通貨物自動車である。車体の前部、後部ともに大破し、右後部に青色塗膜が付着していた。

竹田車は、長さ八・四七メートル、巾二・五〇メートル、高さ二・六七メートル、乗車定員二名、積載定量三五〇〇キログラムの普通貨物自動車である。操行装置、制動装置に異状はみられなかった。本件交通事故により、車体の左前部、左側面燃料タンクが小破した。

(四) 本件交通事故当時、別紙図面1の「167.1キロポスト」と記載された辺りの退避所にトラックと思われる自動車が縦に三台並んで停車していた。その正確な位置については、被告森行と同竹田の供述が食い違っており、他にこれを特定する証拠はない。

2  実況見分調書の記載

乙ア第一号証の3、4、第二号証の3、4によれば、被告竹田、同森行の実況見分調書には以下の記載がされていることが認められる。

(一) 被告竹田(各地点は別紙図面1による)

(1) 竹田車が地点に達したとき、森行車が<1>地点で左外側線を蛇行運転しているのを認めた。

(2) 竹田車が地点に達したとき、森行車が<2>地点で左車線の右端を蛇行運転しているのを認めた。

(3) 被告竹田は、地点で右サイドミラーを見た。

(4) 竹田車が地点に達したとき、森行車が<3>地点で左斜めに蛇行運転しているのを認めた。

(5) 竹田車が地点に達したとき、森行車が<×>1地点で衝突したのを認め、危険を感じ、ブレーキをかけた。

(6) 竹田車は<×>2地点で森行車に衝突した。

(7) 竹田車は<転>地点で停止し、森行車は<停>地点で停止した。

(二) 被告森行(各地点は別紙図面2による)

(1) 森行車が前車の後方を追従していた地点は<1>であり、そのときの前車は<ア>の地点を走行していた。

(2) 森行車が左外側線を走行しているのに気付いた地点は<2>であり、そのときの前車は<イ>の地点を走行していた。

(3) 被告森行は、<3>の地点で運転が分からなくなった。

(4) 被告森行は、<4>の地点で危険を感じた。

(5) 森行車がガードレールと衝突した地点は<×>1、竹田車と衝突した地点は<×>2である。

(6) 森行車は<停>地点で停止し、竹田車は<転>地点で停止した。

また、被告森行の実況見分調書については、出発点から本件事故現場までの経路についての指示説明も記載されており、衝突地点の三九五〇メートル前の地点で「体が極度にだるくなり、運転交替を促した」、同じく三〇八〇メートル前の地点で「体が極度にだるく眠気を感じた」との記載がある。

3  被告森行の供述の検討

(一) 被告森行は、乙イ第二号証及び本人尋問において、以下の供述をしている(各地点は別紙図面2による)。

(1) 被告森行は、トラックターミナルを過ぎた辺りから竹田車が森行車の後部に二、三度急接近をしたことから、不安を感じつつ本件事故現場まで走行し、走行車線の左側の退避所に停車しようとしたが、退避所にトラックが縦に三台並んで駐車していたため、その後ろ(西)、即ち、「勾配1.1/100」と記載された部分と「167.1キロポスト」と記載された部分のほぼ中間辺りで退避所に入って停車しようと試み、退避所の中央部付近まで入ったが、森行車の速度から停車が不可能であると判断して竹田車を確認しつつ再度走行車線に戻ろうとし、駐車中だった最後尾のトラックの手前で後方を確認すると、竹田車が三〇メートル位後方を走行していた。

退避所に停車していたトラック三台の最前部は「167.1キロポスト」と記載された部分から少々西側であり、最後部は「3.5」と記載された部分と「167.1キロポスト」と記載された部分の中間辺りだった。

(2) 森行車が走行車線に戻ったところ、その直後から竹田車が急接近し、前記トラックの最前部の前に退避するためにハンドルを左に切ろうとしたが、三台並んだ一番前のトラックの側面を通り過ぎた辺りで竹田車に追突されて約三秒間竹田車が森行車を押し出すように走行し続けた。

(3) 追突を受けた後、森行車が急に速くなり、被告森行の身体も何かに押されるような感じを受け、視線が離れ、遠く北にある山の裾あたりの景色が見え、その直後、森行車の前部が何かに当たった衝撃を受け、その直後に森行車が竹田車に二度目の追突をされた。

(4) 本件交通事故の三日後に被告森行が事故現場を見たところ、森行車に積載していた塗料がこぼれて衝突地点の西方約三七メートルの地点から衝突地点の車道にかけて塗料が付着していた。

(5) 被告森行立会の下で作成された実況見分調書には、被告森行の発言内容と異なる記載がされている。

(二) しかし、右(2)において、竹田車の森行車に対する一度目の追突があったとすれば、被告森行の供述する追突の態様に鑑み竹田車に塗料や凹み等何らかの追突の痕跡があってしかるべきところ、かかる痕跡の存在は証拠上窺われない。

また、塗料の痕が約三七メートルにわたり道路に沿って付着していた旨主張する点について検討すると、被告森行は、乙ア第三号証の1、第四号証、乙イ第一号証の各写真に追突時の衝撃で森行車からこぼれ落ちた塗料の痕跡が顕れていると指摘するが、右痕跡が走行車線上に路側帯の白線と平行に伸びているのに対し、実況見分調書における森行車の進路はガードレールに向かって斜めに伸びていることは不自然と言わざるを得ない。なお、証人久保田時夫は、平成六年三月五日に被告森行立会いによる実況見分を行った日が、当時被告森行の指摘するようなペンキ痕は付着していなかった旨証言している。

更に、竹田車の速度を時速六〇キロメートルと仮定すれば、被告森行の供述は竹田車が森行車を約三秒間押していたというのであるから、五〇メートルにわたってそのような状態が継続していたことになり、そうすると、竹田車は森行車が左側ガードレールに衝突するまで森行車を押し続けていたことになり、森行車と竹田車の軌跡が合致しない点において不合理である。

(三) 一方、前記認定のとおり、竹田車のスリップ痕の長さが最長部分で二七・九メートルであることからすれば、空走距離を考慮すれば、被告竹田が別紙図面1の地点で急ブレーキをかけたとの供述はほぼ信用することができ、急ブレーキをかけた時点における竹田車の速度は時速六〇ないし七〇キロメートルと考えられる。

(四) 以上によれば、被告森行の供述には客観的事実に沿わない部分があるから、採用することができない。

4  次に、原告らが主張するような竹田車が森行車と充分な車間距離を取らなかった過失があるか否かを検討する(この項において地点を示すときは別紙図面1による)。

(一) 前記認定にかかる竹田車のスリップ痕の位置及び地点で急ブレーキをかけたことに鑑みれば、竹田車が急ブレーキをかけた動機は、森行車がガードレールに衝突したのを現認したことにあると考えるべきであり、そうすると、森行車がガードレールに衝突した時点における車間距離は、地点から<×>1地点までの長さ三二・八メートルから森行車の長さ三・二五メートルを引いた二九・五五メートル程度であったと推認される。

(二) 右車間距離は、時速六〇ないし七〇キロメートルで走行するトラックの空走距離及び制動距離に鑑みれば若干短い嫌いはあるが、本件事故現場の道路は歩道のない高架道であって道路上に静止した人や物が突然現われることはなく、全車両が同じ位の速度で走行していたのであるから、先行車両が急停車することはあっても、先行車両がガードレールに衝突して一瞬のうちに速度が激減するような事態は通常は予測不可能であり、昨今の道路事情に鑑みればそのような事態を予測した上でなお衝突の回避が可能な程度の車間距離をとるまでの注意義務を課すことは適当でなく、被告竹田に適正な車間距離を取らなかったという過失があったと認めることはできない。

(三) これに対し、原告らは、森行車がガードレールと衝突した<×>1の地点から竹田車と衝突した<×>2の地点に移動する間に、竹田車が地点から<×>2の地点に至っているということは、不合理であり、地点で急ブレーキをかけた時点において、未だ森行車はガードレールに衝突していなかった、即ち車間距離が右認定より短かったはずであると主張する。

しかし、被告竹田の急ブレーキは、スリップ痕からみて明らかに減速でなく停止を目的としたフルブレーキであり(被告竹田も同趣旨の供述をしている)、本件事故現場の交通量が多かったことからすれば、被告竹田は、後続車に追突されることも覚悟の上で急ブレーキをかけたものと考えられる。そうすると、単に森行車が退避所から走行車線に比較的低速で戻り、竹田車が森行車に接近して追突の危険が生じたというだけでは、被告竹田は停止を目的としたフルブレーキをかける必要まではなく、相当程度減速すれば足りると考え得る。なお、竹田車のスリップ痕の長さ及び速度に鑑みれば、被告竹田が一旦フルブレーキに至らない程度のブレーキをかけ、森行車のガードレールへの衝突を確認してからフルブレーキをかけたとは考えられない。また、森行車がガードレールに衝突する直前の進行経路は別紙図面1のとおりであって右に僅かにハンドルを切れば衝突を避けられたものと考えられるところ、走行中の車両が何らかの理由で路側帯に停車することはままあることであるから、後続車両から見て先行車両が走行車線を外れて左側に寄ったというだけで直ちにガードレールに衝突することを確信することは考え難く、森行車がガードレールに衝突する以前の状態において被告竹田に後続車から追突される危険を冒してまでも直ちに急ブレーキをかけなければならないほどの動機があったとまでは認め難い。

そして、原告らの主張は、森行車がガードレールに衝突した時点において、直線運動に回転運動に変化し、速度が大きく変化しなかったことを前提とするようであるが、森行車が<×>1の地点に衝突した時点で運動エネルギーの殆どがガードレールに吸収され、衝突の弾みで<×>1の地点から<×>2の地点に移動したという可能性もあるから、森行車は<×>2の地点においてはほぼ停止した状態にあったと考えることも可能であり、前記認定は必ずしも不合理とはいえない。

5  証人久保田時夫は、被告森行が、事故直後及びその後の取調べ時において、居眠り運転をしていたと供述した旨証言するが、被告森行の供述と同竹田の供述が、トラック三台が退避所に停車していたという点において一致することに鑑みれば、被告森行が居眠り運転をしていたとまで断定することはできない。

6  以上によれば、被告森行のガードレールに衝突するに至った心理過程は必ずしも明らかでないが、不可抗力によるものではないことは明らかであるから、少なくとも被告森行には、走行車線を走行中、退避所に進入してから停止できるだけの距離がなかったにもかかわらず退避所に進入し、更にハンドル操作を誤ってガードレールに衝突した過失があるというべきである。

二  争点2(損害)について

1  治療費 二一万五一一〇円

甲第六号証の2によれば、原告喬子名義で、亡田代の治療費として岡山旭東病院に対し二一万五一一〇円が支払われたことが認められる。

原告喬子本人尋問の結果によれば、本件交通事故時、亡田代、原告喬子、同敦嗣が同居していたところ、同原告らは亡田代の所得で生計を立てており、固有の収入がなかったことが認められるから、領収証の名宛人がどのように記載されていたとしても、実際には亡田代の相続財産から支払われたものと推認すべきであり、亡田代の相続人である原告らがその相続分に応じて右治療費を負担したと解するのが相当である(また、以下の2ないし4についてもいずれも亡田代の死亡後に支払われたものであることは明らかであるから、同様に解すべきである)。

2  診断書料 一万二三六〇円

甲第六号証の3、4によれば、亡田代名義で、岡山旭東病院に対し診断書料として一万二三六〇円が支払われたことが認められる。

3  葬祭、仏壇、本尊費用 一二〇万円

甲第六号証の5ないし9によれば、「田代」ないし原告喬子名義で亡田代の葬儀費として一一四万八三六〇円、ドライアイス代として八三〇〇円、仏壇・本尊費用として一〇五万二二二七円がそれぞれ支払われたことが認められる。また、甲第一、第一三号証、原告喬子本人尋問の結果によれば、亡田代は個人で塗装業を自営しており、死亡時の年齢は満四三歳であったことが認められ、右事実を勘案すれば、支出額のうち一二〇万円をもって本件交通事故と相当因果関係のある損害と認める。

4  自動車レッカー代 五万四一七八円

甲第六号証の10によれば、原告喬子名義で本件交通事故による自動車レッカー代として五万四一七八円が支払われたことが認められる。

5  逸失利益 三六八六万五三一八円

(一) 甲第一〇、一一号証によれば、亡田代の平成四年分の所得税の確定申告書による所得金額が四〇七万二五〇九円、同平成五年度分が二七二万三〇七三円であることが認められるところ、原告喬子本人尋問の結果によれば、亡田代は塗装業を自営していたことが認められ、収入が一定していなかったことが窺われるから、平成四年、五年の確定申告書による所得金額の平均値の三三九万七七九一円を基礎として逸失利益を算定すべきである。

亡田代が原告喬子、同敦嗣を扶養していたことを考慮して亡田代の生活費を三〇パーセント控除し、新ホフマン方式により中間利息を控除すると、逸失利益は左記のとおり算定される。

計算式 三三九万七七九一×(一-〇・三)×一五・四九九七=三六八六万五三一八(円)

(二) これに対し、原告らは、亡田代には、確定申告時の所得より多額の収入があったと主張し、その証拠として甲第一二号証の売上明細書を提出するが、その記載内容の正確性を担保する証拠はなく、また、仮にその記載内容を信用するとしても、売上に関する数値と思われるものが記載されているだけであって経費についての記載が全くなく、他に正確な経費を証明するものはなく、経費だけ納税申告書の数値を採用するというのは不合理であって、また、原告喬子本人尋問の結果によれば、平成五年度分の確定申告については税理士に依頼して行ったものであることが認められることからすれば(なお、原告喬子は、平成四年度分の確定申告については亡田代が知人に依頼して行った旨供述している)、亡田代に確定申告書記載の所得以上の実所得があったと推認することはできない。

また、甲第一〇、第一一、第一五ないし第一七号証及び原告喬子本人尋問の結果によれば、亡田代は、フェラーリ、シトロエン等といった高級外車を保有していたこと、平成五年六月以降フェラーリの購入代金として毎月一七万九九〇〇円を支払っていたことが認められるが、そうであるからといって当然に納税申告額を上回る所得があったとまで認めることはできない。更に、原告喬子は、毎月三〇万円余りの生活費を貰っていた旨供述するが、これを裏付ける資料はなく、直ちに採用することはできない。

6  慰藉料 二五〇〇万円

本件交通事故の態様、亡田代の死亡時の年齢、家族構成等に鑑み、亡田代が本件交通事故によって負った精神的苦痛を慰藉するには二五〇〇万円をもって相当と認める。

三  過失相殺、好意同乗減額

被告森行本人尋問の結果によれば、被告森行は、亡田代と懇意にしていた同業者(塗装業)であり、本件交通事故の当日は午前中一緒に屋根の塗装の仕事をした後、午後も一緒に仕事先に行くため、亡田代の依頼に応じて同人の所有する普通貨物自動車(森行車)を運転し、亡田代は助手席に同乗していたこと、両名とも午前中の仕事を終えて疲労していたため、被告森行は亡田代に運転の交替を促したことがあったが亡田代は交替せず本件交通事故時にはシートベルトを着用せずに居眠りをしていたことが認められる。

右によれば、亡田代は、疲労していた被告森行と交替して運転し或いは休憩を促すなどの措置を執ることなく、漫然と同被告に運転を委ねていたのであるから、同被告の過失による交通事故を惹起したというべきであり、また、シートベルト不着用により損害を拡大した点においても落ち度があったというべきであるから、損害の公平な分担の見知から、過失相殺の規定を適用ないし類推適用して、前記認定にかかる全損害から二割の減額をするのが相当である。

四  損害の填補 二八五二万四四九〇円

自賠責保険からの入金額が合計三〇二二万四四九〇円であることは当事者間に争いがなく、甲第二号証、第七号証の1、第八、第一八号証及び弁論の全趣旨によれば、自動車損害賠償責任保険(共済)損害査定要綱(平成四年八月一日以降発生の事故に適用)には、慰藉料の請求権者たる遺族は、被害者の父母、配偶者及び子と定められていること、右自賠責保険からの入金額のうち遺族の慰藉料が八五〇万円であること、亡田代の遺族は原告ら四名以外に母行吉安子がいたことから、一七〇万円が同人に送金されたことが認められる。

右の自動車損害賠償責任保険(共済)損害査定要綱の規定による慰藉料の請求権者は、必ずしも民法上の相続人の範囲に関する規定と一致しておらず、また、特に遺族間の配分割合も定められていないから、自賠責保険の給付金としての遺族の慰藉料は、遺族の人数に応じて等分に帰属すると解すべきである。したがって、八五〇万円を五で除した一七〇万円については損害に填補せず、残余の二八五二万四四九〇円についてのみ損害に填補すべきである。

五  相続

前記二で認定した損害のうち5、6については亡田代の損害であるから、争いのない事実等に記載のとおり原告らが相続分に従って損害賠償請求権を承継した。そして、1ないし4については亡田代の相続人である原告らに直接発生した損害であるが、原告らは相続分の割合で損害を被ったのであるから、計算の便宜上1ないし6を合算した合計額六三三四万六九六六円に過失相殺をした額から損害の填補分を控除した後に原告らの相続分を乗じて各損害を算定すると左記のとおりとなる。

計算式

(総額) 六三三四万六九六六×(一-〇・二)-二八五二万四四九〇=二二一五万三〇八二

(原告喬子分)二二一五万三〇八二÷六×三=一一〇七万六五四一(円)

(原告敦嗣、同麻希子、同悠貴分それぞれにつき) 二二一五万三〇八二÷六=三六九万二一八〇(円)

六  弁護士費用

事案の内容、審理経過、損害額に照らし、原告喬子については一一〇万円、同敦嗣、同麻希子、同悠貴についてはそれぞれ三七万円をもって、本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用と認める。

七  結論

以上によれば、原告らの請求は被告森行に対し原告喬子において一二一七万六五四一円、同敦嗣、同麻希子、同悠貴において各四〇六万二一八〇円及び右各金員に対する不法行為の日の後である平成六年三月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があり、被告森行に対するその余の請求には理由がなく、また、被告会社及び被告竹田に対する請求についてはその余の点について判断するまでもなく理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 酒井良介)

図面1 交通事故現場見取図図面2 交通事故現場見取図

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